株式会社イコール

160年以上の歴史と柔軟な生産体制で、小ロット・多品種に対応し「お客様支援」を軸に成長を続けるアパレル企業
写真右:株式会社イコール 代表取締役 岡本真太郎
会社名
株式会社イコール
事業内容
アパレル製品の企画製造販売、OEM・ODM支援
代表者
代表取締役 岡本真太郎
所在地
本社:大阪府大阪市西区北堀江1-7-4 四ツ橋永八ビル8F

会社紹介

株式会社イコールは、文久2年(1862年)創業の船場商人の家業をルーツに持つ、160年以上の歴史を誇るアパレル企業です。江戸時代に芸妓さんの板刷毛を扱う刷毛屋として始まり、祖父の代からは久宝寺の問屋街で女性向け化粧品・下着・ヘア飾りなどの小物を扱う現金問屋として発展しました。

現在の株式会社イコールは、現社長の父が1984年に設立。問屋業を母体に、メーカー機能を備えた東京発信の企業としてスタートしました。当初は「男女の区別なくユニセックスでいこう」というコンセプトのもと、パジャマやベッドシーツ、バスローブなどのホームアイテムを展開。小泉今日子さんが着用したクノールカップスープCMのパジャマが大ヒットし、バブル期には大きな成功を収めました。

現在は自社ブランド「アトリエイコール」と「TUTIE.」(土に還る素材にこだわったアパレル)の2ブランドに加え、大手企業向けOEM事業を中心に幅広く事業を展開しています。

会社の強み・思い

イコールの最大の強みは、ファブレス経営による柔軟な生産体制です。自社工場を持たず固定費を抑え、中国の信頼できるパートナー企業と連携することで、高品質かつ多様な製品を提供できる環境を整えています。

創業期の資金難から生まれた「小ロットで作り、素早く販売し、売れたらすぐリピート」という独自モデルは、小ロット・高サイクル・多品種対応を可能にしました。さらに、サンプルのみを先行制作し、受注分だけを生産する「売ってから作る」方式で在庫リスクを徹底回避。毎月新商品を投入し、店頭を常に新鮮に保つことで「あのメーカーは面白い」という評価を得て、大手企業からの依頼にもつながっています。

そして、一貫して大切にしているのが、「お客様支援」の姿勢です。単なる商品の納品にとどまらず、小ロット対応や企画支援、クイック納品などを通じて、取引先の課題解決をサポート。「繊維業界のサービス業」として、確かな差別化を実現しています。

特に力を入れていること・課題

近年特に注力しているのは、マーケットイン型の商品開発です。円安による製造コスト上昇の中、単なる値上げではなく、お客様の真の課題解決につながる付加価値の高い商品づくりを追求しています。体型の悩みに対応した商品や、ニッチなサイズ展開など、多様化する市場ニーズに対し、小ロットでも柔軟に対応できる強みを発揮しています。

一方で、現場の最年少が40代前半という人員構成から、次世代人材の採用と育成が急務です。特にOEM事業では、納期や品質に強い責任感を持つ人材が不可欠であり、持続可能な組織体制の構築が今後の重要テーマとなっています。

将来のビジョン・経営理念

株式会社イコールは、「お客様の『あったらいいな』を形にする」を理念に掲げ、繊維業界における「サービス業」としての独自ポジション確立を目指しています。単なるアパレルメーカーにとどまらず、お客様の本質的な課題を解決するパートナーとして成長し続けることがビジョンです。

現在、イコール事業の数字管理は岡本社長が担い、日々の現場業務は信頼できるスタッフが運営。一方で、社長自身は株式会社グローバルゲートを通じて「心の総合商社」としての事業にも注力しています。

会員制コミュニティ「知心会」では、心のあり方や考え方を学ぶ場を提供。また、脳波測定とカウンセリングで心を整える「COCOTORE(ココトレ)」では全国展開を目指し、人々の生き方や心の持ち方に寄り添う取り組みをさらに広げていく方針です。

社長の紹介

岡本真太郎社長は、文久2年(1862年)創業の船場商人の家業で育った、生粋の商売人。幼い頃から「この子はええ商売人になるで」という言葉が何よりの褒め言葉で、宴席では大人にビールを注いで回るのが当たり前という環境で育ちました。

激動の20代~サラリーマン時代から家業継承まで~

1995年、阪神淡路大震災の年に大学を卒業。当時はバブル崩壊と震災の影響で経済は低迷し、問屋街も壊滅的な打撃を受けていました。父は、金融機関からの貸し渋り・貸し剥がしに合い、親戚からも借入を繰り返す厳しい状況。家庭内でも金銭トラブルが絶えませんでした。

卒業時には「いずれは社長になる」という思いを持ちながらも、親戚からは「会社は危機的状況だ。今入れば大変なことになる。綺麗な体でいろ」と強く諭され、家業を継ぐことを猛反対されます。「自分がどこまで通用するか試したい」という思いもあり、まずは繊維系の上場企業に就職。

しかし、そこで感じたのは「責任感のない集団」への強い違和感。環境に馴染めず、わずか3年で体重を15キロ落とすほど心身を消耗し、退職を決意します。

27歳で家業に戻ると、待っていたのは5億円の連帯保証人という現実でした。父から「社会人のお祝い」として贈られた実印は、すでに数千万円の連帯保証に使われており、入社と同時に莫大な借金を背負うことになったのです。

月給12万円からの奇跡の復活劇

入社後の給料は手取りわずか12万円。しかも給料日に何度ATMに確認に行っても給料が入っていないという遅配が続きました。耐えかねて父に「ほんまにやばい」と訴えると、「商売ってそんなもんや」と軽く返されます。

そんな状況が続く中、業を煮やした父親から「いつまでサラリーマンの気分でおんねん。やかましいなあ、もう自分でやれ」と、イコールの実印を投げ渡されたのは入社から約1年後。それが突然の社長就任の瞬間。入社からわずか1年ほどでの出来事でした。

「もう自分でやるしかない」と腹をくくった岡本社長は、従業員の半数をリストラし、自ら営業・企画・経営のすべてを担いました。「安く作って高く売る」「経営は足し算と引き算だけ」というシンプルな方針を掲げ、休みなく働き続けました。

転機となったのは、中国人女性2人との出会いでした。海外生産の経験も資金もない岡本社長に、「この若者に賭けてみよう」と、日本に会社を設立してくれ、手形決済による貿易ルートを開いてくれたのです。

こうして「小ロット・高サイクル・売り切り」という独自のビジネスモデルを確立。毎月新商品を投入し、店頭を常に新鮮に保つことで、やがてイオンなど大手企業からの依頼も舞い込みます。そしてわずか7年で、背負っていた5億円の借金を完済。まさにマイナスから這い上がった奇跡の復活劇でした。

35歳の人生転換点

5億円の借金を完済した岡本社長を襲ったのは、達成感ではなく燃え尽き症候群でした。「せっかくここまで来たのに、また没落するのではないか」という不安と恐怖に苛まれ、約3年間悩み続けます。

インターネットも今ほど普及していなかった当時、救いを求めて梅田の紀伊國屋書店に通い、ビジネス本や自己啓発本を片っ端から読み漁る日々。そんな中、偶然手に取ったのが桂幹人氏の著書『儲からんのはアンタのせいや』でした。

「この人の考え方は俺と一緒や」と強く共感した岡本社長は、すぐに電話をかけ面会を直談判。まずはセミナーに参加したらどうかと勧められます。当日、最前列に座って質問を次々と投げかけ、桂氏との運命的な出会いが実現しました。

「誰のために商売をやっているのか?」との問いに「金のためです」と答えた岡本社長。すると「それなら商売をやめたほうがいい」と一喝され、激しいやり取りの末に学んだのは、「お客様支援」という新たな視点。その瞬間、会議室で号泣するほどの衝撃を受けました。この出会いこそが、現在の経営哲学の礎となったのです。

やりがいと使命感

岡本社長にとって最大のやりがいは「必要とされること」。相見積もりではなく、「岡本さんだから」「イコールさんだから」と指名される瞬間こそ、最高の喜びだといいます。

20代で味わった「ないない尽くし」の経験は、今では大きな財産。資金繰りに悩む経営者の相談役としても活躍し、「自分の常識が非常識だったり、その逆もある」という気づきから、固定観念にとらわれない解決策を生み出しています。

信条は「工夫次第で何でも乗り切れる」。今では会員数100名を超える知心会では「諦めかけていた経営者が再び希望を見出せた」との声が寄せられ、「そんなやり方があるんですか?」と驚かれるような斬新なアドバイスで多くの経営者を支援しています。

「35歳までの経験でほぼすべてを解決できる」と語る岡本社長。どんな困難にも「この程度か」と受け流せる精神的余裕を持ち、現在は「心の総合商社」事業を通じて、より多くの人の人生に良い影響を与えることを使命としています。

休日の過ごし方

岡本社長が家族との大切な時間として必ず確保しているのが、日曜日の外食です。奥様の「日曜日は家事をしない」というルールのもと、娘様2人を含めた家族4人での外食が定番。ゴルフに出かけた日でも帰宅後は外食へ向かいます。ただし、「必ず全員で」という強制はなし。ときには岡本社長ひとりで食事に出ることもあるそうです。

実は岡本社長、一見おおらかに見えて、仕事では細部までこだわる性格。お客様への対応や行動の理由をしっかり確認するなど、指示は緻密で、情熱も強いタイプです。

そんな岡本社長を20歳の頃から30年以上支え続けてくれているのが奥様。「ようこんなちょっととち狂ったやつと一緒にいてくれた」と感謝を口にし、「喧嘩をしたこともないし、これは自分が偉いんじゃなくて、本当にありがたいこと」と語ります。

家族みんながAB型らしく、参加は自由でお互いを詮索せず、集まったときに情報交換を楽しむ――そんな心地よい距離感の中で、ご家族との時間を大切に過ごされいます。

社長のいきつけのお店

北新地「彩り鍋 さかい」

大学の同級生が経営するジンギスカン屋さん。北新地で「一番安いのでは」と言うほどリーズナブルでありながら、新鮮で臭みのない上質な肉が味わえる隠れた名店です。ジビエ料理も豊富で、ジンギスカンが苦手な人でも美味しく食べられると評判です。

https://tabelog.com/osaka/A2701/A270102/27121103

四ツ橋「麺匠至誠」

1日3食ラーメンでも構わないほどのラーメン好きの岡本社長が通う、会社から道路を挟んだ地下にあるお店。元々は「麺道而今総本家」という店名でしたが、「麺匠至誠」へ屋号を変更。こだわりの一杯が味わえる名店です。

https://tabelog.com/osaka/A2701/A270201/27085783/

(取材・執筆・編集/JMSO広報部)

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